cinna85mome2004-06-29

 最近出たアルンダティ・ロイの『誇りと抵抗―権力政治を葬る道のり』(集英社新書)を読んだ。岩波から出た前作のポリティカル・エッセイ『帝国を壊すために』は、未読なのだが、おそらく、筆者のトーンと主張の内容は変わらないだろう(『帝国を壊すために』のなかのいくつかのエッセイをウェブ上で見つけました。最後にのせておきます)。

 彼女の主張は、非常に真面目な反米、反グローバリズムである。

 グローバリゼーションとはなんなのか? だれのためなのか? はるか昔から、社会的不平等がカースト制によって制度化されているインドのような国に、グローバリゼーションを押しつけてどうしようというのだろう? 7億人が農村に暮らし、土地保有者の8割が小規模農業者で、3億人が非識字者である国に。

 ここに目新しさはないが、その筆致はすこぶる熱情的だ。インドの「3億5000万人の貧困線以下の人々」が一日一回の食事もままならないという厳しい現状がある一方で、政府の買い上げ政策によって、年間総生産量のおよそ4分の1にもなる4200万トンもの穀物が倉庫に入れられているという。このような国内供給の過多を尻目に、食糧の国内の循環を未整備にしておいて、クリントン大統領の訪印の前に、インド政府は「ミルク、穀物、砂糖、綿花、紅茶、コーヒー、パームオイルなど必需品1400種類の輸入制限を解除した」。このように、具体的な数字を挙げて、政策の辛辣さを批判していく。本書では、ダム建設のことが何度も言及されているが、社会インフラの整備を推進する政府の「民営化」方針、それに群がり「市場価値」を探すことに奔走する「金持ち」の民営化企業もまた、彼女の非難の矛先にある(ついでに言っておくと、彼女によれば、インドで大規模ダムの建設にともなって立ち退きさせられたものの人数は総勢5600万にものぼるという)。

 例えば、彼女は、飲み水を手に入れることを「人権」の一つと規定し、その行使のために水に「市場価値」をつけることを正当化する「金持ち」の欺瞞性を暴こうとする。

 水を価値あるものと考えることと、水に市場価値を付けることは別問題だ。・・・人権を「実価格」と結び付ける話し合いには、大いに困惑を覚えざるをえなかった。最初、私は議論の趣旨がつかめなかった。彼らは金持ちの人権というものを信じているのだろうか?金持ちだけが人間、あるいは人間はみな金持ちだと思っているの?だが、いまならわかる。冷暖房完備の明るい「人権スーパーマーケット」、・・・
 元気のいいアメリカ人パネリストが、そのあたりを上手に表現してくれた。「神はわれわれに川をくださった。だが、運搬手段までは付けてくださらなかった。そこで民間企業の出番というわけだ」。・・・
 世界中の川と渓谷と森と丘に値段がつけられ、包装され、バーコード化され、・・・すべての干草と石炭と土地と森と水が黄金に変わったなら、私たちはその黄金で何をするだろう。核爆弾を作って、荒れ果てた地表に残ったものや、荒廃した世界の概念としての国家を消し去る?

 こういった、冷たい皮肉をふんだんに交えた文章が何度も何度も出てくる。知的でシニカルな言い草を好み、反グローバリズムを信じる人にとっては格好の書である。

 もちろん、彼女は、グローバリズム、自由市場経済礼賛の政策にとって代わる提案を行なってはいない。彼女が具体的に何を目指そうとしているのかは全然明確ではない。しかし、それを彼女に求めるのは筋違いなのは言うまでもない。多少極端な彼女のアメリカ批判に全面的に首肯するべきなのかどうかということも含めて、われわれが今後どのように行動すべきか考える必要がある。そのような意識を持たせるための最初の本がこの『誇りと抵抗』だと思う。

+以下のような青臭いレトリックが時々使われるので、苦手な人は注意して下さい。

 私たちが提起している事柄は「主義」ではない。それは国を揺るがす政治的、社会的大変動だ。作家であるから、活動家であるから、これに取り組んでいるのではない。人間であるから、取り組んでいるのだ。・・・普通の人びとの生活に極めて重大な影響を与える事柄を議論することを、プロに任せないことこそ大事だとわたしは思う。いまこそ、わたしたちの未来を「専門家(エキスパート)」の手から奪い返すときだ。みんなの問題を、普通の言葉で問いかけ、普通の言葉で答えてくれるよう求めるときだ。

http://aroy.miena.com/
http://www.nadir.org/nadir/initiativ/agp/free/9-11/come_september.htm
http://groups.colgate.edu/aarislam/arundhat.htm