川上弘美『ゆっくりさよならをとなえる (新潮文庫)』

ゆっくりさよならをとなえる (新潮文庫)

 「とうとう」念願のものを手に入れるのは、誰だって(もちろん私も)嬉しいのだが、そこに「とうとう」ということばが入ると、念願のものに向かって刻苦勉励する気配が濃厚になる。高みをめざす姿勢がきりたってくる。それが、どうやら私は苦手らしい。[この「とうとう」が筆者の言う「メジャーとうとう」]
 そういえば、とうとう困ったはめにおちいってしまいました、という「マイナーとうとう」は、にがい記憶をさまざま呼び起こすけれど、圧迫感がないのは、なぜだろう。
 にがい中に、へんな安らかさがある。いちばん悪いところまで来てしまって、それ以上はまぁ、今のところは悪くなりようもないしねぇ、という安息がある。(157-158ページ)