尼崎脱線運転士

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050521-00000101-yom-soci

JRは反省文なんぞを書かせていたらしい。

13日間に書かされた反省文は19回、原稿用紙で計30枚以上。遠足の小学生の団体乗車で生じた10秒の遅れを、上司3人から詰問され、「回復運転」できなかったことを厳しくとがめられていた。

小学校6年のとき、1年間で反省文回数9回という、クラスで2番目の輝かしい功績のあるぼくもこれは負けた。どんな内容だったか全然覚えていない。担任の教師の憎たらしい顔と性格の意地汚さだけしか覚えていない。彼にもそれは同様で残ったのは、プレッシャーだけだろう。おそらく「世間」を味方にして難詰した上司の。